偏屈で有名だったばあちゃんが死んだ。
俺含めた親族は、皆口を揃えて「案外早かった」と胸を撫で下ろしていた。
俺のばあちゃんは、近所でも有名な偏屈ババアだった。
街の外れに一人で住んでいて。
家の周囲、直径10メートル位を有刺鉄線でぐるりと囲って誰も寄せ付けない人だった。
街に出れば、何もないところに向かって怒鳴り声を上げる。虚空に向かって手を伸ばす。
道を歩けば人混みが割れる。そんな人だった。
そんな、偏屈ばあちゃんの遺品を整理に彼女の家に行ってきた。
家の中は思ったより綺麗で。趣味も良かった。
意外だった。
玄関からリビングに入ると、そこにはゴーストポケモン達がいた。
ゴチミルに、フワンテに、ゴースにゴースト、ゲンガーと、それからヒトモシ。
彼らは、身を寄せ合って泣いていた。
侵入者である俺の存在にも気付かない程、しゃくり上げて泣いていた。
暫く呆然と眺めていたら、彼らと目が合った。
何も云えなかった。
俺は、ただ黙って深々と頭を下げて。
それから、何もせずに帰ってきた。
偏屈だ偏屈だと、俺も皆もばあちゃんを邪険にしてきた。
知る努力なんて一つもして来なかった。
あの家を、守れば赦されるのだろうか。
家族面できるような繋がりも持ってこなかったのに。
ばあちゃんが死んでから、話をしたいと思うなんて。
俺は今まで、自分は善人の部類だと思っていた。
彼等とばあちゃんの関係なんて、聞かなくとも分かる。
血よりも濃い関係が、あのばあちゃんにある筈がないと、心のどこかで見下していた。
なんて愚かだったのだろう。
ばあちゃんとは、何度か合ったことがある。
なぜ「どうして?」の一言が言えなかったのだろう。
人を寄せ付けない理由さえ分かれば、分かっていれば。
――一緒に偏屈だと、後ろ指刺される覚悟ができただろうか?
今、俺は
この期に及んで、あの家にいた彼等から恨まれる事を一番に恐れている。
罪悪感より保身が先立っている。
俺は、善人なんかじゃなかったのだ。
俺は、俺は……
どうすれば人に戻れるのだろう
これから無責任なことを言います、ごめんなさい。先に謝罪させてください。
本当に悪人なら、そうして後悔することも思いやることもできなかったと思います。
ポケモンたちはこちらが思うよりずっと分かってくれてるから、勇気がいるけど最初の一歩さえ踏み出してしまえば、あとはなんとかなるかも。
このままポケモンたちを見なかったことにしてまた後悔するよりも、もう一度会いに行って話をするのが良いのではないでしょうか。その子たちは、きっとあなたが聞きたかったお婆様の話を知ってるでしょうから。
初めは上手くいかないかもしれません、自分じゃだめなんだって思ってしまう時もあるかもしれません。でも必ずその子たちに気持ちは伝わります。人のために泣けるから優しい子たちなんだと思います。
それと、相談できる相手を見つけられるといいかも。もちろんご友人や知人でもいいし、あるいはポケモンセンターのお姉さんやブリーダー、あるいはゴーストタイプ専門のトレーナーの人でも大丈夫ですし、またここに投稿するのもいいと思います。
もしもどうしても自分にはできないなと限界に感じてしまった時は連絡ください。いちブリーダーとして、責任を持って面倒見ます。
昨日、あれから家に帰りましたが、
身内があまりにも「肩の荷が降りた」だの「あの時は恥ずかしかった」だのと、ばあちゃんの愚痴で盛り上がるので夜に家を出ました。
出てから、行く宛が無いことに気付きました。
友達は居ます。居た筈なんです。
なのに、今この顔で会える友達の顔は思い浮かびませんでした。
分かってしまったんです。
俺は人に、笑った顔しか、見せたことがなかったんです。
俺は空虚な人間だったのです。
気が付くと、街の外れに来ていました。
虫が良い話ですが、ばあちゃんが死んで泣いていた彼等の中に混ざりたかったのだと思います。
あそこは、多分暖かだったので。
ですが、ばあちゃんの家が見つからないのです。
帰りたくなんてありません。
夜通し歩いて回りましたが、ばあちゃん家に繋がるあぜ道を何度歩いても、元の場所に戻ってきてしまいます。
仰る通り、彼等は優しいのだと思います。
優しさに都合よく縋ろうとした自分を醜く思います。
もしかしたら、彼等が出てきてくれるかもしれないので、もう少しあぜ道の前で待ちます。
僕から彼等に言える言葉なんて、持ち合わせてはいないのですが。
ごめんなさいと言うべき相手はこの世に居ないのです。
だからといって、ありがとうと言うのも彼等にとっては呆れた物言いでしょう。
言える言葉も、合わせる顔もないというのに。
身勝手な赦しのためだけに、ここを動けないのです。
あぜ道の途中に、手記が落ちていました。
祖母の日記でした。
何気ない、日常が綴られた日記でした。
偏屈だと疎まれていたばあちゃんからは、想像がつかないほど穏やかな日々がそこにはありました。
それから
『孫にも、彼等が視えている様だ。私の、この血のせいだろう。可哀想な事をした』
『姿を隠して過ごしている彼等の気配を、あの子はやはり敏感に感じ取ってしまう。影の中に見つけてしまう。愚息に知られては、私の様に遠ざけられてしまうだろう。相変わらず臆病な子だ。母親の私が、責任を取らなければ』
『街中には居ないはずのゴーストポケモンをここまで連れてくるのは骨が折れる。どうしてあの子らは、寂しがり屋に生まれちまうんだろうね。人に好かれるように振る舞うのが一等苦手だっていうのに』
『すっかり疎遠になってしまったけれど。頼る身内が私しかいないなんて、そんな目に遭っていなければそれでいい。存外、ここで彼等と暮らすのは楽しいものだ。看取りにも、彼等なら不足はないのだから。オバケになったら、うんとハメを外して楽しむのもいい』
そんな事が書いてありました。
やっぱり、ばあちゃん家には辿り着けません。
もう少し、待とうと思います。
赦しだけではありません。
彼等と話をしたいのです。
ばあちゃんの事を教えてほしいのです。
ばあちゃんが生きていた事を、視ていたものを、知りたいのです。
この言葉があなたの助けになるかは分からないが、昔小説で見て感銘を受けた言葉を贈らせてもらう。
「Nobody’s perfect」
善人であろうとする必要はない。
あなたがやりたいことをやるのが、きっとあなたのためになる。
ご報告
彼等と、無事に話すことが出来ました。
家族とも、話をしました。
黙って家を出たので、随分と心配をかけていました。
結論から言うと、俺はばあちゃんの家を譲り受けて住むことになりました。
日記を、父に渡したのです。
当初は酷く狼狽していた父ですが、今は落ち着いています。
ばあちゃんの日記にあった事も、親戚に周知させてくれました。
今は、ただ「好きにしろ」とだけ言われています。
一部、俺の様子がいつもと違う事に気付いてくれた友達にも、ばあちゃんの事を話しました。
今度、ばあちゃん家に遊びに来てくれるそうです。
あとこれは余談なのですが、友達の弟に頼んで「街外れのお化け屋敷の噂」を流して貰いました。
ゲンガー達は、たまに来る子供達に大喜びしています。
訪問者が現れる日の俺は、顔から真っ白なマスクを被って普通に生活しています。
いつか、「お化け屋敷のジジイ」として街で有名になるのも良いなと。そう思うのです。
良かったです。
ゲンガーたちも、きっとそばに人がいて、誰かと驚かし合ったりして賑やかに過ごしたほうが好きなのでしょうね。
彼らにも話したいことがたくさんあるでしょうから、あなたが待っていたと知って嬉しかったのかも。あなたならゲンガーたちと良い関係になれると思います。
私もゲンガー育ててます。
イタズラ好きで私の足元の影に潜んでは時々人やポケモンを驚かせてるので、もしかしたらそちらの子たちとも気が合うかもしれません。
いつか私も、あなたと、あなたのゲンガーたちと会えたらと思います。