匿名
2023-07-11 21:39:30

水風船

あれは俺がトレーナーズスクールに通い始めたばかりの頃。休日に家の近所をぶらぶらしていると、同級生のSと偶然会った。最近すごい釣竿を買ってもらったSは、近所の水場はあらかた試したので、これから森の湖に行くと言う。 その湖は底の方で海と通じていて、時々プルリルが現れるから絶対に近づいてはいけないと、キツく注意されていた場所だ。 大人だって誰も近付かないから、もしかして珍しいポケモンがいるかもしれない。俺の相棒のバチュルはでんきタイプだし、Sの相棒のヤナップはくさタイプだから、もしプルリルに襲われても勝てるはず…… そう考えた俺は、Sと一緒に森の湖に向かった。 森に足を踏み入れた瞬間、さっきまで降っていた雨のにおいと植物のにおいが混ざりあったムワッとした空気が俺たちを包み込んだ。いけないことをしている高揚感に胸を高鳴らせながら、ほとんど会話もなく森を進み、程なくして俺たちは湖に到着した。 やはり海水なのか少し生臭い潮のにおいがする。モンスターボールからバチュルとヤナップを出して戦闘に備え、恐る恐る湖に近付いて水面を覗き込んでみると、どんよりした曇り空が太陽光の反射を抑え、深い水の底まで見透すことができた。 「なーんだ、コイキング1匹いないじゃん」 Sはそう呟くと、近くにあった石をポチャンと投げ込んだ。広がる波紋を見つめていると、乱れた水面の向こうにチラッとピンクの影が見えた。 あれっ…と思った次の瞬間、水面下からみずでっぽうが飛んできてSを直撃した。Sが足を滑らせて湖に片足をつけた途端に、足首にピンクの触手が巻き付いて、一瞬のうちにSを水の中に引きずり込んでしまった。 呆然と立ち尽くす俺とバチュル。Sのヤナップが慌ててツルをのばして水面下を探ると、今度はヤナップの体がグイッと傾き、一気に水の中に引きずりこまれた。 それを見た俺とバチュルはようやく我に帰って、悲鳴を上げながら一目散にその場を逃げ出した。Sとヤナップを助けるなんて、とてもじゃないけど無理だった。 その後大人たちが、湖やそこから繋がっている海を捜索したけれど、Sとヤナップの遺体は見つからなかった。それから湖の周りには高いフェンスが建てられて、誰も近付けなくなった…… 月日は流れて、ポケモンと修行の旅に出ることになった俺は、故郷を離れる前に、なぜか無性にあの湖を訪れてみたくなった。鍛え上げたデンチュラがいるから今度こそ大丈夫…と覚悟を決めて、俺は森に向かった。 惨劇の現場には、あの日以来、初めて足を踏み入れる。フェンスの外から湖を眺めていると、なんだか心がザワザワして「Sとヤナップを返せバカヤローーー!!」と大声で叫んだ。 すると水面下にピンクの影がチラチラと現れて、俺とデンチュラは思わず身構えた。やがて数匹のプルリルが水面から顔を覗かせると、ヒラヒラした触手を絡み付かせながら水面下からゆっくり持ち上げてきたのは、あの日と変わらない姿のSとヤナップだった。 青白い顔で目を閉じたSとヤナップの体は、プルリルたちの触手を離れ、不思議な力で空中に横たわるように浮かびながら、ゆっくりとこちらに近付いてきた。俺とデンチュラは思わず後退りする。 Sとヤナップの体は宙に浮かんだままこちらへどんどん近付いて来ると、俺たちの目の前のフェンスにぶつかり、水風船が割れるようなパシャッという音を立てて弾けた。 後に残ったのは生臭い潮のにおいがする液体だけで、Sとヤナップの体も、プルリルたちの姿も、どこかへ消えてしまった…… 俺とデンチュラは放心状態で家に帰り、数日後、逃げるように町を出た。別にそのあと変なモノが見えるとか、そういうことはないんだが、今でも時々、鼻の奥にこびりついたあの生臭いにおいが漂ってきて、ウッ…と吐きそうになる。 目の前で同級生を亡くしたトラウマがようやく薄れてきたのに、また特大のトラウマを抱えてしまった……
\イイね!/
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