2023/06/18 22:49

男の半休

あるところに男がいた。男は仕事帰りだった。しかし普段とは違い、珍しく昼で仕事が終わった。

男は比較的順風満帆な人生を送っていた。家族と友に恵まれており、頭も運動神経も良く、よく笑い誰かの悩みに耳を傾けて解決の手助けをするうえ、バトルの成績も良い絵にかいたような「できた人」だ。

そんな男だったが、ここ数日はその評判が胡散臭く感じるほどに調子が悪い。上からの指示を真逆に捉えて大目玉をくらう。ならばと気分転換に友と遊ぼうとしたら約束の時間を大幅に間違えて予定そのものを無かったことにされるなど…思い出したくないほどに調子が悪い。どこかで悪いものでも食べたのだろうか。

そして今日、その男の調子の悪さを上司に心配されてからか半休するよう指示されたのだ。
今はその帰りということだ。ぼんやりとした感覚で家へ向かう。身体の調子が悪いのかと不安になりながらもこの時間を有効活用したいとも思っていた。

ふと、あるカフェが目についた。紺色の屋根に黒い壁の落ち着きそうなデザインをした一軒家のカフェだ。2階にあるのはテラス席だろうか。今日のような程よく暖かい天気でコーヒーを飲むのも悪くないと思った。

カランコロンと音を立てて扉を開ける。なぜか待ち伏せていたかのように入口のすぐ近くにマスターらしき店員がいた。なぜすぐ近くに、と思ったが気にせず
「アイスコーヒーをくれ。」
と注文した。しかし店員は

「え?」
と聞き返す。聞き取れなかったのかと思いやや声量を上げて
「アイスコーヒーをくれ!」
と言った。
「ああ…はい。分かりました。アイスコーヒーですね。」
ようやく店員が頷いた。そして
「では、こちらの席にお座りください」
と入口のすぐそばにある席を指した。

男は不思議に思いながら店内を見渡す。店には男と店員以外誰もいない。なのに席を指示されるのは納得できない。
「いや、別にどこの席でもいいでしょ。あ、そうだ。上の席に座りたい。あそこのテラス席。」
さすがにこれぐらいの要望は通っていいだろう。そう思いながら聞く。

しかし
「上の…?ああ、えっと申し訳ありませんね。テラス席は現在工事中でして、営業中は工事してないのですが当分は利用できないんです。」
と断った。

俺はムッとしながらも「工事中なら仕方ないか」と諦めて店員に指示された席に座る。もう、これ以上店員に怒って出禁になりたくないし、正直どの席でもよくなったのだ。イライラしているのが自分でも分かるが嫌だった。

「はいどうぞ。こちらアイスコーヒーです。」
店員が慣れた手つきでアイスコーヒーを出す。おしゃれなグラスに入っている。

「ところでお客様、なぜここを利用しようと思ったのですか?」
唐突に店員が質問する。
「なぜ…?え、いや、そこにカフェがあったから…?」
わざわざ客に聞いてるのだろうか?と思いながらも一応答える。
しかし、店員の反応は
「なるほど……」
と深く考える素振りをした。

「え、どうしたんですか?なんか、変なこと言いましたか?」
店員の反応が予想外でついからかうような聞き方をする。

すると店員はこちらをじっと見て
「ああいえ。ところでお客様は長話を聞くのはお好きですか?」
と質問した。男は仕事柄一時間単位の会議は日常茶飯事な為
「眠くならないような話なら。」
と返した。
店員はそうですかと頷き
「では少しお話をしましょうか。」
と話し始めた。

私はいろんなところで旅をしていた元ポケモントレーナーだったんです。なので各地方に行き様々な話や噂を聞きました。特にポケモンの呪いに関するものは実際に試してみたくなるほどに興味をそそられましたね。

とある地方へ行った時のことです。興味本位で図書館へ行きある文献に目を通していました。するとそこにあることが書かれていたのです。

それは「ポケモンの恨み」

わざの「うらみ」ではなく「ポケモンの恨み」です。ポケモンが怒ったり呪いをかけることはありますが恨むのはよほど特殊な状況だと思うんです。
その文献によると持ち主がポケモンとお別れをする際、あまりに酷い別れ方をするとポケモンに恨まれてしまいまともな生活すらできなくなる……というものなんです。

例えば今の時代パソコンのボックスからお別れができますがそれ以外で別れるとなると基本直接顔を合わせた状態になります。その状態ではお互いが納得のいく別れ方をするのはとても難しいそうです。特にポケモンは、自分がなぜお別れをしないといけないのか理解してないことがほとんどなので、野生の世界に戻っても思うように生活できないとか…

「へえ…。で、なんでそんな話を俺にするの?俺がポケモンに恨まれるようなことをしたと?」
男は軽く笑いながら聞く。というのも、男はここ数年ポケモンと別れるような出来事は起こしていない。つまりそんなことあるわけがないと思っているのだ。

しかし店員は男の頭の部分を見て
「いえ、あなたは恨まれることをしましたよ。」
と言った。

「え…?いやそんなわけ…というかどこ見てんの?」
男は頭を掻いたり周りを見るが特に何もない。

「うーん…。どう伝えたらいいんでしょうかね?ああそうだ。そういえば、あなたはここをどこだと言いましたか?」
「え、いや、カフェだろ?2階建ての…テラスがある……」
「そうですか…違いますよ」

「ここはカフェではなく占いの店です。それも商店街の中にある、万年赤字のボロい占いの店です。」

「は……?」
男の頭の中は真っ白になった。わけがわからない。
しかしそんな男を無視して話を進める。
「私は一度も「カフェ」や「メニュー」など飲食店なら必ず言うであろう言葉を発していませんよ?それにさっきも言いましたようにあなたはポケモンに恨まれるようなことをしましたね。だからこんなおかしな状態になるんですよ」

「い、いやいや!そんなわけないだろ!あーびっくりした。店員さん話すの上手いなー。どこでそんな会話術勉強したの?」
男は惑わされまいと雑に拍手しながら言う。

それでも、占い師は話すのをやめない。
「いえ、本気で言ってますよ。うーん、もう回りくどいのはやめましょうか。
ああ…なるほど。シシコとお別れをしようとしたんですか。しかしただのお別れだと「面白くない」と判断したあなたはパソコンではなく直接別れる手段を選んだ。もちろんシシコは納得せずあなたの元へ戻ってくる。ならばと

海が見える場所までシシコを連れて
崖から落としたんですね?

それでお別れと。なるほど、酷いですね。」

「ふざけんな!!」
男は占い師の胸ぐらを掴む。
「なんであんたがそんなこと分かるんだよ!分かるわけないだろ!普通!!」
言葉が上手く出てこないまま叫ぶ。

「いやいや。実はね、幻覚を見せるポケモンって身近にいるんですよ。例えば
あなたの頭に覆い被さっているムウマージとか。」

男が頭のあたりを触る。すると何かを掴んだ。
掴んだものを取るとそこには目を閉じたムウマージがいた。さっきは何も触らなかったのに。
「ど、どういうことだよ…。」
「うーん、今まで上手く隠れられていたようですね。そのムウマージ、他の子より上手に幻覚を視せられるようです。おや、何日も一緒に?へえ。他の人に指摘されないよう睨んでた…相棒がじゃれているように誤魔化してたんですか。」
「そうじゃなくて!なんでムウマージが俺に幻覚を見せてんだよ!?」
「まだ気づきませんか?あなたが数年前シシコにした酷いお別れを……シシコは亡くなった後も納得できなくて、幽霊になったまま他のポケモン達に聞いていたんですよ。そこのムウマージは相談相手でしょうね。ああ、頷いてる。あとは店の外にいる炎が大きく綺麗なヒトモシとか。炎のキラキラが店内からでも分かりますよ。しかし、幽霊になった後でも友達が増えるのは羨ましいですね。」

男は呆然としていた。もしムウマージを見つけていなかったら面白い話が聞けるカフェとして終わらせられたのに。
「俺は…どうしたら?」
「さあ?お墓参りにでも行ったら…あ、まず墓を作ってください。それからですね、お墓参りは。そして懺悔の10や20はしてください。あとは知りません。」
「じゃあ…店の外にいるヒトモシは……?」

「それも、知りません。」

まるでそれが合図かのようにヒトモシが扉を開けて男を襲った。その後の男の行方は分かっていない。男の最後の目撃場所は奥深く続く迷いやすい森だったらしい。あの占い師もおそらくシシコの「お友達」なのだろう。

男はあの時、霊界へと連れていかれたのだろうか……

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