『きみはどうしてミロカロスになったの?』
『そりゃあ、ご主人さまがのぞんだからさ』
ぼくらは、とあるポケモントレーナーのポケモン。
さいきんなかまになったばかりのぼくは、おうちのにわで、なかよくなったミロカロスにたずねた。
『ご主人さまが?』
『ああ。ご主人さまが、おれに進化して強くなるよう、すすめてくれたのさ』
ご主人さまは、ポケモンをたたかわせることがすきで、あいてのポケモンのことをしるために、いつもべんきょうしている。このポケモンはこんなわざがとくいとか、こんなよびながあるからきをつけろとか、ほんをみせながら、ぼくらにもおしえてくれる。
『ほら、よおくみろよ。ご主人さまのおかげで、おれはこんなに、強くて、きれいなすがたになれたんだ! 進化してよかった!』
このあいだ、ご主人さまにみせてもらったほんにかかれていた、ミロカロスが進化するまえのすがた。ぼんやりしたかおや、ひ弱そうなすがたは、どこかぼくとにていた。めのまえのポケモンとは、にてもにつかない。
『どうしてそんなことをきくんだい?』
『じつはね、ぼくもご主人さまに進化するようにいわれたんだ』
きのう、ご主人さまは、ぼくにおおきなポケモンのしゃしんをみせながら、「りっぱなギャラドスになるんだぞ」といった。
『よかったじゃないか! ご主人さまにきたいされているってことさ』
ご主人さまは、なかまのポケモン1ぴき1ぴきのことをたいせつにしてくれている。かぜをひいたヌメイルがげんきになるように、あめがふっているところにつれていってあげたり。よなかにめがさめちゃったイーブイにおこされても、えがおでよどおしあそんであげたり。
ミロカロスは、ご主人さまがくれる、きのみのあじがするしかくいおかしがおきにいりだっていっていた。さいきんもらってないらしいけど、ぼくもたべてみたい。ご主人さまや、なかまとたべるごはんがあんなにおいしいんだから、そのおかしもすごくおいしいんだろうなあ。
こんなにポケモンおもいでやさしいご主人さまが、ぼくにきたいしてくれている。やっぱり、こたえたほうがいいのかなあ。
『なら、きみは、進化するまえは幸せじゃなかったの?』
『ちがいないね。よごれた水のなかをおよいで水草をかじるだけのせいかつの、どこが幸せなんだよ?』
きらびやかなウロコに、すんだひとみ。
「せかいいちうつくしいポケモン」は、ぼくにほほえみかけた。
そのひからというもの、ぼくは、くるひもくるひも、たくさんのポケモンとたたかった。
たたかいは好きではなかったけれど、はやく強くなって、進化がしたい。
すべてはご主人さまのため。
ミロカロスのいうように、あのひとといっしょなら、ぼくも幸せになれるはず。
めざめると、ぼくは水のそこにいた。
あれ?
ぼくは、どうしてこんなところにいるんだろう。
「おまえ、ほんとうはたたかいが好きじゃなかったんだよな。ごめんな、もうじゆうになっていいんだぞ」
このことばと、ミロカロスのあわれむようなめが、あたまのなかでなんかいもくりかえされた。
そうだった。ぼくはきのう、にがされたんだ。
りゆうは、進化できなかったから。
ぼくはたたかうのがにがてだから、しょうぶにぜんぜん勝てなくて、なかなかつよくなれなかった。きづかってくれたご主人さまが、あいてをぼくよりもずっとずっと弱いポケモンにしてくれたけど、それでもだめだった。だからきっと、ご主人さまはぼくがもうたたかわなくていいように、にがすことをえらんでくれたんだ。
ぼくは、ご主人さまのきたいをむだにしてしまった。
でも、いまおもえば、ぼくの幸せは、この水のなかにあったきがする。
まいにちすきなだけはねて、およいで、水草をかじるせいかつは、ポケモンとたたかうより、ずっとたのしかった。どうしてきづかなかったんだろう。
水のなかは、こんなにおちつくのに。
しばらくおよいでいると、おなかがすいてきた。ぼくはちかくにあった水草をくわえた。
けれど、ぼくは水草をのみこむことはできなかった。
なかまとたべるごはんのあじを、おぼえてしまったから。
ニンゲンのやさしさのあじを、しってしまったから。
ご主人さまに、あいたい。
はねて、はねて、はねて。ようやく、ご主人さまのいえがあるまちについた。たくさんまよったし、ほかのポケモンにおそわれたりもしたけど、たどりつけた。きっときせきだ。
ひとめでいいから、ご主人さまのかおをみたい。そして、できることならこんどこそ、ご主人さまのきたいにこたえたい。ぼくはたたかえるって、どうにかしてつたえたい。
ご主人さまは、いつものように、おうちのにわでミロカロスたちとごはんをたべていた。
そのなかには、ぼくがあったことのないポケモンがいた。
めつきがするどくて、ウロコがあって、ながいひげがはえていて、ドラゴンタイプのポケモンににていて、おおきいポケモン。
ぼくがご主人さまにみせてもらったしゃしんのポケモンとおなじみため。
ご主人さまは、そのポケモンのあたまをなでた。
「おまえは強いなあ」
ミロカロスも、ほかのポケモンたちも、みんなえがお。とっても幸せそう。
ぜんぶ、ぼくが、なりたかったすがただ。
水って、めからもでるんだね。
ふしぎだなあ。
――とある日の夜。
突如として現れたそのポケモンは、街を一瞬にして燃やし尽くしてしまった。
救助を呼ぶ間もなく、あらゆる建物が破壊され、木々がなぎ倒され、ポケモンの悲鳴や人間の泣き叫ぶ声が響き渡った。
ただ、不可解なことに、ある一軒家の被害が顕著だった。
家主と思われる人物とそのポケモンたちは、意識を失った状態で庭に倒れていた。傷跡の様子から、執拗に攻撃されたと見られている。家屋は崩壊し、中には本や食器の残骸が散らばっていた。
口に出すのもはばかられるほど、酷い有様だった。
この事件は、争いのない平和な街に起こった悲劇として報道された。
『きみのいうとおりだったよ』
きらびやかなウロコを持っているはずの、よごれたポケモンにそうつぶやき、よこたわるポケモンたちをいちべつする。ちからをふりしぼってはんげきしようとしたおおきなポケモンには、いきおいよくしっぽをたたきつけたら、うごかなくなった。
あなたのきたいにこたえて、つよくなったよ。じゆうになったよ。やさしいゴシュジンサマ。
みんなみたいに、ぼくもしあわせになれそうだよ。
「はかいのかみ」は、つめたくなったニンゲンにほほえみかけた。
『進化してよかった』